マンションの敷地内で見れる二代目横浜駅の駅舎基礎部分の遺構!

高島町の交差点にある交番近く。今では珍しいとも思える公衆便所が現れる。公園ならともかく、道沿いの歩道に突如として現れる公衆便所も気になるところだが、今回のお目当てはソレではない。

公衆便所のフェンスに貼られた、この看板。「二代目横浜駅遺構(マンション敷地内)」との文字に目を奪われる。

初代横浜駅といえば、現在の桜木町駅がある場所にあったのは有名な話だが、二代目なる横浜駅が存在していたとは…。

更にはマンション敷地内にあるという遺構。2007年に建てられた大きなマンション。その工事の間に二代目横浜駅の遺構が見つかったとみられる。

早速看板に書かれた矢印のように公衆便所を回り込み、マンションの敷地へと入っていくとソレを示す説明板とともに、一段低くなった位置にレンガ造りの遺構が見えてきた。

そこに書かれている説明書きによると、二代目横浜駅は大正4年8月15日に開業したが、大正12年9月1日の関東大震災が起こり焼失。わずかに8年という短い期間で無くなったため、幻の駅ともいわれているようだ。

現在遺構として保存されているのは、駅舎の基礎部分にあたる。さらに二代目横浜駅の前にこの地にあった横浜共同電燈会社裏高島発電所の遺構も残っていて、二つの遺構が一度に見えれる珍しい場所となっている。

大きく横たわる煉瓦が二代目横浜駅の遺構で、ガラスで囲われ覗き見ることができるのが裏高島発電所の遺構。見るとわずかだが、発電所の遺構の煉瓦の方が古そうに感じられた。

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この記事の著者

森本 康司

森本 康司

関西に生まれ、学生時代をアメリカで過ごす。帰国から5年した頃に戸部に流れ着いたことがきっかけでこの街が好きになり、以後転居を繰り返しながらも横浜在住となる。美味しいものに目が無く、あらゆる種類のお酒を飲むがバーボンが特に好き。汗っかきで、暑さが苦手。

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